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32

「おい、本当にここなのか?」
「イワンの話と、博士の解析結果を照らし合わせても、ここしか考えられないよ。ジェット、君はそれを疑うのかい?」
ちらりとピュンマがジェットを見た。
今は全員思い思いの服装で、観光客を装っている。
と言っても、ここではそれも意味をなさないのかもしれない。
「そ、そういうわけじゃねえけど……そうは言っても、ここは……」
ぐるりと辺りを見回した。
見渡す限り緑の広がった丘に彼らは立っていた。
目の前には小さな山が、反対側には葡萄畑が広がっている。
その中心には、それほど大きくない川に澄んだ水が静かに流れていた。
少し離れた所にはちょっとした集落も見えるが、その他には何もない。
ふと上を見上げると、明るい空に流れる雲。小鳥が戯れ高い鳴き声が葡萄畑に響き渡る。
呆れるほどの、のどかな風景だった。
「まあ、盲点だな。分からないはずだ」
ため息混じりにハインリヒがつぶやいた。
「第一、ここは彼女の故国だぜ。パリからだってそれほど遠くもない。ゼルのヤツも何を考えてるんだか」
「……フランソワーズのため、かもしれない」
ジェロニモがぼそりとつぶやいた。
「フランソワーズ、少しでも寂しがらせない……慣れた環境、作る」
「はっ!なるほどな。それで故郷に近い、ここってわけか」
ハインリヒがにやりと笑う。
ジェロニモは何も言わず、草の上に座っていた。
背後から風が吹き抜けていく。草がさわさわと音を立ててなびいていた。
「で、あのでっかい屋敷がアジトだっていうのかよ?」
山の中腹に隠れるように立っている屋敷を、ジェットは親指で指さした。
「そう言うことだろうな。ジョー、もう少しだぜ?フランソワーズの所まで」
ジョーは何も答えずに、その屋敷を見る。
古びた、しかし威厳ある建物だった。
周りを木に覆われて全貌ははっきりとしないが、かなりの年代物の上、豪華な造りであろうことは想像にかたくない。
(あそこにフランソワーズがいるかもしれない)
そう思うだけで、仲間を待たずに乗り込んでしまいたい自分がいた。その気持ちを抑えるのだけで精一杯だった。
今は情報を集めるときだ。
そう分かっていても気持ちばかりが焦っていく。
もし、あそこに彼女がいるのだとしたら……。
こうしている間にも、フランソワーズはゼルに傷付けられているかもしれないのに。
こんなところでじっと手をこまねいている自分に苛立っていた。
モニタの向こうでゼルに抱きしめられていた、彼女の瞳の色が忘れられない。
「……ダメだな。焦ったってダメなんだ」
大きく息をついて、つぶやいた。
「ジョー…。もう少しだ」
ぽんと背中を叩かれる。
「ピュンマ」
「大丈夫、フランソワーズは無事だよ。早く博士とイワンの所に彼女も連れて帰ろう」
ピュンマは空を見上げた。
ジョーはなにも答えられない。
僕が誰よりもそれを望んでいるのに。ゼルに奪われたままで平気でいられるわけがないのに。
そんな反発すら心に浮かぶ。
ジョーの思い詰めた瞳に、その気持ちが表れていた。
ピュンマは小さく息をつく。
「……ジョー……君一人で戦ってるわけじゃないんだ。オレたちもいること、どうか忘れないでくれ」
彼ははっとして、ピュンマをまっすぐに見た。
ピュンマも、彼を見返していた。
なんだか仲間の姿をこんなにしっかり見たのは久しぶりだと、自分でも驚いたほどだ。
そうだ、仲間がいる。それぞれの力を合わせて、どんな苦境も乗り越えられてきたはずだ。
今までだってずっとそうしていた。だから、今度も……。
「……ああ…そうだね。すまないピュンマ」
今度は素直にそう言えた。
なぜだか、何か余計な力が自分の中から抜けていくような気がした。
ピュンマが穏やかな顔で、そして少し照れくさそうに笑う。
「あ、当たり前のことだよ。みんなだって同じ気持ちさ。僕らにとっても大切な仲間なんだ。フランソワーズは。君とは違った想いかもしれないけれど、彼女を心配してる。早く自分たちの所へ取り戻したいと思う気持ちは、きっと同じだよ」
ふと思い出したように、言葉を続ける。
「ジョー、知っていたかい?」
ジョーが怪訝な顔でピュンマを見返す。
「この前のゼルからの通信で、踊っているフランソワーズが映されていただろう?」
「あ、ああ」
「あれは『ロミオとジュリエット』の1シーンなんだってさ。グレートが教えてくれたんだよ。ロミオと出会ったジュリエットが、彼のことを想って踊るんだ。…フランソワーズも戦ってる。本当に君を待ってるんだよ」
ジョーは反射的に屋敷の方に振り返った。
(フランソワーズ!)
一刻も早く彼女に会いたかった。
会って、この腕で抱きしめたかった。
ゼルとの苦しい戦いもすべて終わらせて、隣で笑っていて欲しい。
僕のことを見ていて欲しい。
みんなで穏やかに笑い合っていたい。

その時だった。
「おーい!」
息を切らせてグレートと張々湖がこちらにむかって、走ってくるのが見えた。
「はぁ、聞いてきたぜ、あの屋敷のこと」
仲間たちがすぐにその周りに集まると、口々にその先を促す。
「おい、どうだったんだよ。さっさと話せよ」
「そうだよ、あの屋敷はなんだって?あの集落の住人から話はちゃんと聞けたのかよ」
「ああ、もう、そう焦らないアル」
二人は荒い息を押さえるように深呼吸を繰り返すと、ようやく息の整ったグレートが話し出した。
「一言で言えば、肝心なことは何も分からなかった。誰も何も知らないようだ」
「なぁにぃ?どういうことだよ、グレート!」
今にもつかみかかりそうな勢いで、ジェットがグレートににじり寄る。
「ちょ、ちょっと待てよ!あの屋敷はもともと、この辺り一帯の領主の屋敷だったらしい。ずいぶんと贅を尽くした屋敷だといわれてるそうだ。……けど、誰も本当の所は知らないみたいだぜ?」
「なぜだ?」
ちらりと視線を屋敷に走らせて、ハインリヒがきいた。
「今このあたりに住んでる人は、誰も屋敷に入るどころか、中ををのぞいたこともないんだとさ。どうやら、その子孫にあたる主人が偏屈なヤツだったようだな。数人の使用人を雇い入れているだけで、ずっと屋敷に籠もっていたらしい」
グレートが言葉を切って、仲間を見回した。
「それなのに……。なぜだか急にあの屋敷も土地も手放してしまって。どこかの物好きな金持ちに売っちまったって話だぜ。村の人達もずいぶん不思議がってたよ」
「その村の人も、あそこに人が住んでいるかどうか、わからないらしいアル。時々車が入っていくのを見た人もいるらしいアルから」
言葉を張々湖が引き継ぐ。
「別荘として使っているのかもしれない……とさ。ただ、夜灯りがついているのを見たことがないから、住んでるわけじゃないのかもしれない……とも言ってたな。それ以上はダメだな。本当に何も知らないのか、それとも口を閉ざしているのかは分からなかったけど。他にはなにも聞けなかった」
「そうか…」
「まあ、誰かにはばかっているとか、ウソをついてるようには見えなかったけどなぁ」
グレートが頭をひねる。
「……あそこにゼルがいるとすれば、もっと人の出入りも激しいものかもしれないな。それに人が動いてる気配がないんじゃなぁ?」
「そんなもの、どうにでもなるさ。目立たないように動くのは、奴らの得意とするところだろ?」
ピュンマの言葉に、ハインリヒが頷いた。
「そうだな……。それにあの村人たちが全員、NBGの息がかかってる可能性もある。とりあえず博士とイワンの見立てが、あの屋敷だって言うんだ。怪しい匂いがする以上、行ってみようぜ?」
「ああ、どうせオレたちには他に当てはないんだ。ここで考えてたってしようがねえ。フランソワーズがいないんだから、中を探ってもらうこともできねえんだしな」
ぽつりとジェットが答える。
風に煽られて木々がざわめく。全員が、その木立の合間に見える屋敷を見つめた。
もしかしたら、あそこに彼女が捕らわれているのかもしれない。
「そうと決まれば、さっさと動こうぜ。ここではオレたち、完全に不審な集団だ。さっきの集落でも思いきり怪しまれてた。面倒なことになる前に動いた方がいい」
ちらりと自分たちがさっき訪ねた集落の方に視線を走らせて、グレートが言った。
確かに、集落のはずれで2つの人影がこちらを伺っているようだ。
それを認めてジェットが舌打ちする。
「さて、ここにオレたちいることは、屋敷からは丸見えだ。あいつらがゼルの息のかかった奴らだったら、なおさらな。今さら取り繕ったところでどうにもならない。十中八九、あそこがゼルのアジトだろう。……そう思わないか?ジョー」
ハインリヒがちらりとジョーに視線を投げる。
「……ああ」
彼は、もう一度目指す屋敷を見上げた。
大きく息をつく。
「よし……行こう」
フランソワーズを取り戻すために。ゼルと決着を付けるために。
彼らは屋敷に向かう、その一歩を踏み出した。

 

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