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39
彼らと別れた4人は、左側への廊下に進む。
別れ際に見たジョーの姿は痛々しさも感じられて、すこし気にかかった。
ジョーも分かっていると思うが、どんなことがあっても焦って判断を誤ってはならない。
敵が、必ずずそこをついてくるのは目に見えている。
そう思ってジェットは一つ息をついた。
だが、ジョーのことだ、大丈夫だろう。
『フランソワーズが待っている』
そのことさえ、しっかり心に刻んでいれば。彼は。

一歩前を歩いていたハインリヒの足が止まる。
ふと顔をあげると、進路はまたしても扉に阻まれていた。
「またか」
ジェットが、大きな扉を見上げた。この屋敷のどれもが同じように、なんの変哲もない扉だ。
これだけ数が多いと、いい加減うんざりしてくる。
この屋敷を建てたやつはどういうつもりだったんだろうか?広くもない空間にこれだけの扉が必要だとはとても思えない。これがゼルによる改築だとしたら、やはり罠を仕掛けられていると考えるのが妥当だろうか。
「開けるぞ」
気を引き締めて、ジェットが慎重に扉のノブに手を伸ばした。
「うわっ!」
ほんの少し指先が触れただけだったが、びりっとした痛みが右腕を突き抜けた。
一瞬、目の前が白くなる。
「電流が流れてやがる!気を付けろ!」
「ようやく敵の本拠地らしくなってきたじゃねえか」
ジェットに大きなダメージのないことを確認して、ハインリヒがにやりと笑った。
今まで何事もなく進んできたことの方がおかしいくらいだ。少しくらい動きがあってくれた方がかえって安心できる。
「さがってろ!」
ハインリヒは銃を構え、蝶番をねらってまっすぐに撃つ。光が突き抜けていっても、扉は一瞬揺らいだ程度だった。
「ダメか」
ジェロニモがジェットの肩をつかんで、後ろへと下がらせた。
大きな背中が扉の前に立ちはだかる。
「ジェロニモ!」
まだ痺れている腕を押さえて、ジェットがジェロニモを制した。
「…大丈夫」
ひとこと答えると、思い切り扉を蹴飛ばした。
「ぐっっ!」
扉は大きく揺れたものの、開くまでには至らなかった。
「バカっ!大丈夫かよ!」
「心配ない」
一瞬だけ足元がふらついたものの、ジェロニモがもう一度身構えた。
「よし、こっちも行くぜ。ジェット」
ハインリヒが表情を変えずにジェットを促す。張々湖も同じように扉の前に立っていた。
「当たり前だ!」
ジェットはまだ痺れの残る右腕をかるく振って、扉に向かって大きく足を上げた。


「こっちがアタリなんじゃねえか?」
4人で蹴倒した扉の向こうに出現した、先の見えない螺旋階段を見上げジェットがにやりと笑った。
見える範囲にはあかり取りらしき小窓がいくつかあるものの、それから上はさっぱり見通すことが出来ない。
張々湖が小さく口から炎を噴き出す。
人がすれ違える程度の広さの螺旋階段は、ひたすら上へと向かっているようだった。
さほど広いとも言えない塔だったが、どのくらいの高さがあるものか。
ジェットがのぞき込むようにして上を見上げていると、ハインリヒは無言で階段に足をかける。
残りの3人はそれにならって石の階段を登り始めた。
塔の内部は特に湿っている風ではなかったが、どこか黴くさいようなにおいがした。
その割には、歩く部分は汚れがつもっているようにも見えない。
とにかく今は、上を目指してみるしかないように思えた。

「いったい何階分あるアルね」
張々湖がふうふうと音を上げる。
「さあな。とりあえずのぼってみるしかないだろう?」
「やせてしまうアルよ」
それから3〜4階分も登った頃だろうか。
徐々に差し込む光の量が増えた。
明るい日差しによる光で足下までもがしっかりと見えるようになったかと思うと、緩やかなカーブの先にちょっとした踊り場と大きな窓が現れ、外の景色がよく見渡せた。
青い空が目に飛び込んでくる。
「ようやく多少広い場所に出たか」
ジェットは大きく一つ深呼吸をして、あたりを見回した。
他の3人も同じように外を眺めていた。明るく強い光がまぶしい。
外は、腹立たしいほど穏やかな天気だ。
空はどこまでも青く、心地いい風が渡っていた。ガラスの入っていない窓から、その風を感じることができた。
そういえば、この塔の窓には全部ガラスが入っていなかったことに今更のように思い至った。
それだけこの塔が古い時代から残っているということか。
上へと続く階段を見上げる。光は多いようだ。
この大きな窓から先は、今まで感じていた古ぼけた薄暗い塔だという印象からはうってかわって、心地よい空間になっている気がした。
これは、本当に彼女が閉じこめられているのかもしれない。
今現在、まだそこにいるとは限らないけれど。
……だが、やっぱりいて欲しいとも思う。すぐにでもこんなところから出して連れ帰りたい。
「行くぞ」
一番奥にいたハインリヒが、次の階段に足をかけた。
ジェットもそれに続きながら、下を目をやった。やはり普通の建物の4階程度だろうか。
眼下に広がるこの屋敷の敷地が、思ったよりも広大であることが見て取れた。
屋敷を挟んだ反対側にも、この塔と同じような塔が建っている。
対になっているようだ。
「結構広いんだな。…これだけの敷地の中じゃ、隠し場所はたくさんありそうだぜ」
隣で同じように下を見ろしていたジェロニモが小さく頷いた。


40
「あー、こんなややこしい城じゃ、昔の領主とやらも、ずいぶん住みにくかったんじゃねえの?」
ひたすら続く階段を、一段一段昇りながらジェットがぼやいた。
「わからないアル。外観だけは昔のままでも、中味はゼルが改築してるんじゃないアルか?」
「まあな…でもその割にはトラップもほとんどない。……拍子抜けだぜ」
ジェットは壁ををぐるりと見回した。
汚れは綺麗に取り除かれていたが、石積みの壁はところどころヒビを補修した後が見え、時折、細かな欠片がぱらぱらとこぼれ落ちていた。
「この辺なんて、かなり古そうだぜ?窓だって全部ガラスは入っていなかったし、建物自体も年代物ってカンジがしたけど……。まあ、あのゼルのヤツのやることはわからないけどな」
「ジェット、こっちのチームにジョーはいない。ムダに軽口叩かなくてもいいんだぜ」
ジェットの言葉を遮るようにして、ちらりと視線をよこしたハインリヒに肩をすくめて答える。
「ぴりぴりしてるのは、ジョーだけじゃねえだろ」
小さく呟く。
「なにか言ったか?」
「なんにも言ってねーよ!」
答えてから、窓の外に目をやる。
覚悟はしていたが、あれから脳波通信も確実に繋がらなくなっている。
右の廊下へと進んでいったあいつらは、何か見つけただろうか?
「ジョーのヤツ……大丈夫か?まだこれからが本番だって言うのに」
誰に言うともなしにつぶやいた。
「それは仕方ないアルよ。ずっとずっと心配していたアル」
「それはオレだって……!!!」
ジェットは言いかけて口をつぐんだ。
「……そうだな……。あいつが一番……」
オレだってお前達だって、同じはずだ。
少しだけそんな気持ちが、胸のすみをかすめる。
焦ってるのは、ジョーだけじゃない。
今だってそうだ。
体の奥の方から重たい物がこみ上げてくる。
いつも突っ走るのは自分の役目だったはずだ。
なのに、なんでオレはこんなに大人しくしてるんだ?
「ああ!めんどくせえ」
オレだって、あいつのことが心配なんだ。
こんな所で、ちまちま探すのなんて性にあわねえんだよ!
「オレ、ちょっと上まで見てくるわ。外から見た方が早いだろ」
「おい!ジェット!」
ハインリヒの制止の声も聞かず、ジェットは窓からひらりと飛び降りた。
次の瞬間、噴射の大きな音ともに舞い上がっているジェットの姿が見えた。
その勢いで、ぱらぱらと石造りの塔の壁から破片が落ちてくる。
「んのっバカヤロウっ!!」
「派手にやるんだろ。気にすることないぜ!」
ハインリヒを挑発するように、ぐるりと旋回してみせる。
「いい加減にしろ!塔が崩れるぞ!」
ジェロニモと張々湖があきれたようにジェットを見ていた。
「どうせゼルのヤツは、オレたちの動向を見張ってやがるに違いないんだぜ。こっちの方が手っ取り早いだろうが!」
まずはこの塔の先端までと、上を見据える、そう簡単に事が運ぶとは思ってはいないが、うまくいけ儲けものだ。せめて塔の上部に人の気配があるかどうかだけでも分かれば、と思う。
もう一度仲間の方を振り返る。
ハインリヒが何か言いたげな目でこちらを見ていた。
(ぶち切れてるのは、ジョーやお前だけじゃないんだぜ)
にやりと笑みを返し、意を決して垂直に飛び上がった、その時だった。
塔の上の方でなにかきらりと光る物があったかと思うと、自分のすぐ横を光線が貫いていった。
「おっと!話が早いぜ!とうとう狙ってきやがった!」
光の矢の様な物が上から降り注ぐ。
そのたびに塔の壁に衝撃が走った。
「やべえ、これじゃ塔の方が持たないな」
光の矢をひらりひらりとかわしながら、ジェットが急上昇した。
「どこから狙ってやがる。上か?」
あたりに注意を払いながら、目をすがめて逆光になっている塔の先端部を見上げる。
「ジェット!いったん戻れ!」
ハインリヒの言葉も届いていないようだった。
「あのバカ!俺は先に行って、ヤツの様子を見てくる。後から来てくれ」
そう言いおいて、ハインリヒは階段を上へと走り出した。
次の瞬間、塔の上から大きな爆発音がして、全体が揺れる。
ぱらぱらとがれきの屑が落ちてくる事に、舌打ちする。
上から降りてくる複数の足音。
ハインリヒは右手のマシンガンを構えた。



41
ジェットは光線をかわして上昇しながら光の矢の元を探した。
「くそ!アレか!」
どうやら、主となる屋敷を挟んで対になっている反対側の塔の上からのようだった。
「ちっくしょう!あっちか!」
その場でバランスをとって、銃を構える。
その間にも光の矢はジェットめがけて飛んできていた。
ジェットは身軽にかわすものの、それは背後の塔の壁面に突き刺さり、爆発を誘発していく。
「うわっ!」
予想よりも大きな爆発に、ジェットは目を剥いた。
どうやら塔には爆薬が仕掛けられていたようだ。
まずい、と咄嗟に思う。
このまま攻撃されたら、こちらの塔が崩壊してしまいそうだ。
もう一度しっかりと対の塔を見据える。
「届けよ!」
ジェットの銃から、右の塔の先端辺りへと光がまっすぐにのびていく。
強い光が一瞬またたいて小さく炎があがるのが見えた。途端に光の矢の攻撃が止まる。
すでにあちこちの爆発音によって、ジェットの攻撃に対する音はかき消されてしまっていた。
向こうの塔へ向かって飛び上がろうとした時、下の方からミサイルが塔の上部に向かって発射された。
一瞬にして塔の先端が吹き飛び、黒い煙がもうもうと上がっていた。
かろうじて塔唯一の居室だと思われる部分は残したようだが、爆発による影響は相当なものだろう。

「…どっちが派手なんだよ!あっちにフランソワーズがいたらどうするつもりだ!」
一人つぶやく…が、そんなことはありえないと確信していた。
たぶん、この塔にもいないだろう。
ゼルがそんな危険な場所に彼女を置くはずがない…
だからこそ、ハインリヒもミサイルを撃ち込んだのだろう。
ふう、と息をつく。
これで向こう側から攻撃されることはないだろう。
そう思った途端、今度は塔の中にいた仲間たちのことが気になった。
さっきの攻撃による塔の傷跡ともうもうと立ち上る煙が、徐々に自分の神経を研ぎ澄ませていく気がした。
「やべえな。一度戻ったほうが良さそうだ」
身を翻そうとした時、ぞくりと悪寒のような何かを感じた。その次の瞬間、背後から自分の耳をかすめて光の矢が地面へと一直線に飛んで行く。
「やっぱり、こっちからもか!」
最初の攻撃の時に、真上から攻撃されたと思ったのは間違いではなかったようだ。
息つく暇もないほど次々と繰り出される光の矢。
どうにかかわしながらも、どうやら自分だけをターゲットにしているわけではないように感じていた。
素早く飛んだまま壁際に身を寄せ、塔の上を振り返った。
塔の上部にはきらりと光るものがあった。
そして、再度繰り出される光の矢の、その行く先を目で追った。
そこに残る赤い残像。
ジョーだ!と直感的に思った。
次の塔の上からの攻撃をひらりと回避し、物陰に飛び込んでいくジョーの姿がはっきりと見えた。
下は木々の生い茂る庭園の様になっているようだ。小さな花や小川までもが見て取れた。
ばさばさという鳥たちの緊迫した羽ばたきと、悲鳴に似た鳴き声で騒がしい。
その木の陰に、防護服の赤がちらりと見えた。
「あいつ……!」
ジョー達が向かったのは、ちょうどあの辺りだった。
あいつ、一人か?他の奴らは……?
そこへ、自分の頭上から再度光の矢が発射され、ジョーのいた辺りの木々が煙を上げた。
とっさに周りを見ると、庭園はどうやら高い壁に囲まれているらしい。
たとえ、そこから外に出られるとしても、ジョーは決して出ることはないだろう。
フランソワーズを見つけるまでは。
「んじゃ、こっちもやっちまわねえとな」
銃を構え直し、上を見上げる。
(しまった!)
そう思った時には、まっすぐにこちらに向かってくる光が間近に迫っていた。
光が視界いっぱいに広がったように見え、咄嗟に体をねじった時には左足に激しい熱を感じた。
「うわあぁぁっ!!」
上部から発射された光の矢が、ジェットの左腕と左の股の辺りを貫いていた。
その衝撃でバランスが崩れ、地面に向かって墜落をはじめる。
左の噴射がうまくいかない。
「くそっ!」
塔の手近な窓へと、体ごと飛び込んだ。
そこにも光の矢は打ち込まれ、はっとした時には小さな爆発が周囲にいくつも起こりはじめていた。
その爆風に体ごと飛ばされる。
「うわぁっ!」
爆音と熱風の中、瓦礫がそこら中から自分に目がけてぶつかってくるようだった。
目も開けていられない。
大きな石の固まりから、細かな破片までが上からも下からも浴びせられているようだ。
じっと身をかばいながら、それが収まるのを待つ。

しばらくしてようやく爆発による音と衝撃が消えた。
実際にはほんの少しの時間だったのだろうが、ずいぶんと長く感じられた。
あたりに立ちこめる火薬の匂い。口の中がじゃりじゃりとする。
足が熱い。そういえば腕もうまく利いていない気がする。
やばいな……そう思いながらぱらぱらと顔に当たる壁だったものの欠片を払い、
瓦礫の中から身を起こしたジェットの耳に、銃を構える音が響いた。
瓦礫の中、周りを複数の兵士がジェットを取り囲もうとしていた。



42
彼女が気づいた時、見知らぬ部屋にいた。
はっとして身を起こす。
足首に巻かれた鎖がしゃらと音を立てた。
「…ここは…どこ?」
いつもいたあの部屋と遜色のない調度品をあしらった小さな部屋だったが、すべてに見覚えがなかった。
ゼルに仲間がきていると知らされた……そこから記憶がなかった。
あれからどれだけの時間がたっているのだろう?どのくらい眠らされていたのだろう?
みんなはもう、ここにきているの?
それともここは、私がいたあの屋敷ではないの?
不安がこみ上げる。
いつも側に控えていたユリアの姿も見えなかった。
外の様子を知ろうにも、この部屋にはただ一つ扉があるだけで、窓すらなかった。
それでもベッドから飛び降り、扉に向かう。足の鎖はかろうじてそこに行き着くまでの長さがあった。
だが、扉は自分の力ではびくともしない。
耳をすましてみても、目を凝らしてみても、なにも知ることはできなかった。
悔しかった。何もできない自分が情けなかった。
思い切り扉をたたく。腹立ち紛れでもあったが、この音を聞きつけて誰かが様子を見に来るかもしれない。
ここに来る誰かが、自分に情報をくれるとは思えなかったが、今のこの状況よりはましだと思えた。


予想通り、すぐに見張りがやってきたようだ。
扉の向こうの音は聞こえないが、鍵を開ける音が部屋に響いた。
扉から少し離れた場所で、開く一瞬にかけて耳をすませる。
かちゃりと音がして、扉が開く。
屈強な兵士に先導されて、見慣れた黒髪の男が入ってきた。
「目覚めたか」
いつもと同じ余裕に満ちた笑みを浮かべている。
フランソワーズは唇を噛んだ。
「ここは?」
「さあな」
「私はどのくらい眠っていたの?」
「それほどの時間ではない…。まずは着替えを」
気がつけば薄い夜着一枚しか身につけていなかった。
とっさに体をかばう。
「今さら隠したところでどうにもなるまい」
ゼルが小さく笑った。
フランソワーズの頬がさっと赤く染まった。
「こ…ここは?あの屋敷の中なの?」
「答える必要はないだろう」
先ほどのほんのわずかな瞬間に拾えた音は対してなかったが、多くの人、いろいろな機材の駆動音が確認できた。基地のようなところだという予測はつく。
音の反響などから、地下かもしれないと思った。
だが、それも予測にすぎない。
ゼルが手を伸ばし、フランソワーズの腕をつかんで引き寄せた。
「やめて!」
「性懲りもなく、まだそんなことを言うのか?」
彼女の体ごと自分の腕の中へと押し込める。
見上げたゼルの瞳が妙な光を帯びているように見えた。
「着替えたら、お前にいいものを見せてやろう」
ぞくりと体が震えた。
「なにを震える?」
叫びだしたい衝動に駆られた。
それを必死に押さえて息を飲む。
仲間の誰かなの?無事……なの?
みんなの力を信じようと思った。信じられると思った……だけど……。

あふれる涙だけは止めることができなかった。
ゼルはただ、それを黙ってみていた。



43
「ジェット!!」
見たことの無いような装いの彼女がそこにいた。
黒いドレス。
豪奢なレースで飾られた裾を長くひき、腕の部分は細く袖口はきれいに広がっていて、細かな縁取りがされているようだ。
背後からの光をまとい、ゆるく光沢を放つ黒は、彼女の肌をより一層白く美しく輝かせている。
「フランソワーズ…!!」
「ジェット!」
一歩踏みだそうとしたフランソワーズの体が、引き留められる。
その横に立つ、長い黒髪の男。
唇のはしを少しだけ上げ、フランソワーズの腕をしっかりとつかんでいた。
「よう!元気そうでよかったぜ」
努めて普段と変わらない口調で話しかけたつもりだった。
久しぶりに見る彼女は、思ったよりもずっとしっかりとしていた。
そして、美しかった。
亜麻色の髪は緩く結われ、背にふわりとかかっていた。肌には綺麗に化粧が施されていた。
ゼルが自分たちの知らない彼女の美しさを見付け、さらに作り上げていることが無性に腹立たしく感じた。
こんな状況だというのに、そんなことを思う。
両手は壁に貼り付けられる形で拘束されているが、なんとか立つことくらいはできそうだ。
撃たれた足を庇いながらゆっくりと立ち上がった。
フランソワーズが色づけられた唇をきゅっと結ぶ。
「ジェット!あなた、足……。それだけじゃないわ…」
「たいしたことねえよ。手っ取り早くフランソワーズに会うには、これくらいの代償は必要だろ」
足の傷は先ほど確認した。
一度くらいならバランスを崩さず飛ぶことができるだろう。
それをいつ使うか……。そのチャンスだけは見極めなくてはならない。
あちこちにできた傷は、さっきの爆発と、捕縛されてやった時に兵士どもにぶん殴られた痕だろう。自分では見えないが、目元が切れているのは分かる。あいつら思いっきり殴っていきやがった。

「ああ、悪かったな。一番最初に見た仲間の顔が、あいつじゃなくてさ」
にやりと笑ってみせる。
「そんな…そんなことを言わないで……ごめんなさい……ごめんなさい……。……私……」
彼女が小さく首を振る。涙が頬を伝っていた。
動くたびにしゃらしゃらと聞こえる音は、アクセサリーだろうか。
今の彼女の姿に、そのかすかな音はとてもよく似合っていた。
フランソワーズの腕をつかんだまま、一言も発しなかったゼルがにやりと笑う。
「一人目だ」
「っ!離して!」
「……そいつの側に行ったところで、なにも変わりはしない。言っただろう。お前の仲間の首を並べてやると」
ゼルの片手にはしっかりと銃が握られていた。
「お前の目の前で息の根を止めてやるために連れてきたのだから」
「やめて!」
ゼルの腕を振り払おうと体を大きく捩る。
「無駄だというのに」
ジェットとフランソワーズの間に遮るように体を入れたゼルは、腕を彼女の細い腰にまわして抱き留めた。
次の瞬間、じゅっという音とともにゼルの袖口から、淡く煙がのぼる。
「私がお前と002の間に、なにも置かないとでも思ったのか?」
「バリ…ア…?」
ちらりとのぞいた手の甲には赤くただれた傷があった。
それを隠すように、フランソワーズの体を自分の体へと引き寄せる。
「礼を言うぜ、ゼル。何はともあれ、今、あんたはフランソワーズを守ってくれたからな」
余裕たっぷりに言ったジェットの耳元をレーザーがかすめた。
「調子に乗るな、002。死にゆくお前に、そんなことを言われる筋合いはない」
「いや……。やめて……。私は…どうしたらいいの。ゼル……わからない。あなたのことも……」
かすれる声で、フランソワーズが呟く。
「簡単だ。ゼルは、フランソワーズを」
「黙れ」
ジェットに銃を向けたまま、冷たく一瞥する。
そして、もう片手でフランソワーズを自分の胸へと押しつけた。
「しっかりと見ておけ、フランソワーズ」
「やめて!!もう、誰も死なせないで!ゼル」
「…………」
ゼルの銃がジェットの額を狙っていた。

 

 

to be continued

 

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ホントのホントに大変間があいてしまいました……。
私の力が足りず、どうも勢いや描写が足りないところが多々あると思います。もっとうまく表現できたらいいのに…と思うことしきりです。もしかしたらこっそり後から手を入れるかもしれません。
(らちがあかないので、思い切って出しちゃうことにしました)

一言感想など聞かせていただけると、すごく嬉しいです。


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