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「あいつっ!」
ハインリヒは上から駆け下りてきた兵士たちと対戦しながら、ジェットの落ちて行った方を見下ろした。
その瞬間も塔が大きく揺れていた。
不安定になる足元をしっかりと踏みとどめながら、数を頼みに上から詰めかける兵士をなぎ倒す。
先が見えないこの螺旋階段では、少しの気配を先に読めた方が強い。
狭い通路での乱戦になれば、戦力の差は歴然としていた。
「まずいアル!!」
倒した兵士を跨ぎながら張大人が声を上げた。
ジェットがわらわらと兵士たちに取り囲まれているのが、ここからでも見て取れた。
ちっと小さく舌打ちする。
「ジェロニモと張大人は、ジェットのやつのフォローに回ってくれ。俺はこの上の確認だけしてくる」
そう言い残すと、ハインリヒは階段を駆け上がった。先ほどまでの慎重な足取りとはうってかわって、辺りを確認するよりも先にマシンガンを放つ。
塔の頂上までは後少しだった。
ーーあいつ…余計なことを……。
多分、手っ取り早くフランソワーズのもとに行くためには、いっそのこと捕まるのもありだと考えたのだろう。
ただ……。それによってフランソワーズの微妙な立場が一層悪くなることだって考えられない訳じゃない。
この上にいてくれればいいが、この崩れかけた塔とこの様子では、その可能性は限りなく低い気がした。
だが、確認しないわけにはいかない。
一つずつでも確実に潰していかなくては。自分たちのためにも。あいつのためにも。
兵士たちもすでに現れなくなっているところを見ると、先ほど倒したやつらで打ち止めだろう。
ますます可能性は低い、と思う。
窓から見える光あふれた風景は本当にいまの状況とはかけ離れていて、なんだか余計に焦りが込み上げてくる。
塔の上のこんなのどかな色にそぐわず、下からは変わらずジェロニモと張大人の戦う音が続いていた。
時折明かり取りの窓から、大人の吐く炎がちらちらと見えていた。
その度に少しずつ塔の壁が小さく、そして不穏な音をたてて軋んでいるようだ。
急がなくては塔の方が持たないだろう。
ジェットが捕縛されたことによってか、外からの攻撃はやんでいるが、この中に自分たちがいるのは確実にわかっているはずだ。
自分の階段を駆け上がる音が高く響く。
見上げた先、上にはひときわ明るい光が見えた。
てっぺんか?足をとめ、少し息を整えてからゆっくりとカーブを曲がると、予想通り扉があった。
そっと耳をすませてみる。かすかに渡る高い音。どうやら風のようだ。
扉の上部にはほんの小さな小窓には、幾何学模様をかたどったステンドグラスがはまっていた。
そこからは柔らかだが強い光が差し込んで、足元に色とりどりの透き通った影を作っていた。
もうひとつ息をつき、ゆっくりと鈍い色になったノブをつかむとそっと押し開ける。
ざっと風が吹き、ハインリヒの銀色の髪を揺らした。つかんだノブごと扉が煽られそうになる。
向かい側にちらりと何か光る物が見えた。
それと同時にレーザーが飛んでくる。
「おっと!」
ハインリヒは当然予測していたとばかりにニヤリと皮肉な笑みを浮かべそのレーザーをよけると、次の瞬間には自分のレイガンを放った。
こちらが身を隠すところが少ないのと同様、相手もバリケードを築いてはいたものの、こちらからもいい標的だ。
ハインリヒの放ったレーザーはまっすぐに二人の兵士に吸い込まれて行くと、そのまま姿が見えなくなった。
ひと呼吸置いて、慎重に前に出る。風が黄色いマフラーを長くなびかせた。
とりあえず撃ち返してくる気配はないようだ…と息をつく。
この向こうには緩やかなまっすぐな階段があり、その先に尖った屋根を持つ石造りの小さな部屋があった。
入り口はこちらと同じ扉だ。入り口に配置されていた2人の兵士は、今の攻撃でその場に倒れ伏していた。
手応えは感じていたが、気をつけるのに越したことは無い…と、そちらに目をやる。
どうやら、途中で攻撃される心配はなさそうだった。
あとは中だな…。
ハインリヒがさらに一歩を踏み出した。
風が強く吹いていた。
これだけの高さがあればそれも当然だろう。
今登ってきた塔から、少し突き出た形になっているこの小部屋はなんだかとても不安定な感じがした。
次に塔に衝撃が加わったら、ここもただではすまないだろうと予測する。
それを踏まえながら、緩い階段を一歩一歩登って行く。
ここにはフランソワーズはいないだろうという気持ちと、もしかしたら…という、ほんの少しの期待が交互にこみ上げてくる。
下の喧噪はもうここまで届いてはいなかった。
びゅうっと音を立てて風が吹き抜けて行く、その扉の前に立った。
古びた木の扉には、小さな覗き窓が付いていた。
危険を感じながらも、近づきすぎないようにしながらそっと中をのぞき見る。
中は暗く、だが真正面にある窓からの光で少しだけ確認することができた。
大きなベッド。そのベッドの下半分程度にしか光が届かず、はっきりとは見えなかった。
だが……そこに横たわっている…女か?
心臓が跳ね上がる気がした。
扉のノブを確認することもせずに握ると力任せに引いた。
やわそうに見える木の扉も、強化されているのか、びくともしなかった。
銃を構えるのももどかしく、蝶番を狙って撃つ。
今度はあっさりと扉がはずれた。
引きはがすように乱暴にはずれた扉を押しのける。
「おい!」
大きく声をかける。
たとえここに女がいたとしても、それがフランソワーズだとは限らない。
暗い室内をぐるりと見回す。
正面の腰の高さの窓からは、明るく青い空が見えた。
その右側にある大きなベッド。それ以外にはなにもない。
ベッドには何者かが横たわっている。
すっぽりと頭まで薄い掛布をかぶせられていた。
「…フランソワーズ…なのか?」
入り口に手をかけたまま、小さく問う。
背後からの光が室内に差し込み、自分の影が足元に濃く、そして長く伸びていた。
「おい…」
もう一度呼びかけてみるが、その横たわった者からは何の反応もなかった。
さらに慎重に一歩を踏み出す。
自分の足音がやけに大きく聞こえた。
ベッドの脇にまで近付く。だが、やはり何の反応もなかった。
少しだけ嫌な気持ちがした。
ゼルが、彼女の命を奪うことなど考えられない…。だが……。
その華奢なシルエットは、やはり女のもののようだった。
少し手を伸ばしかけて、動きを止める。
頭の中のどこかで、警鐘が鳴り続けていた。
少しためらった後に薄い掛布に手をかけた、その瞬間、掛布を突き破ってレーザー光線が続けざまに放たれる。
「っ!!!」
ハインリヒは布に手をかけたまま、とっさに身をよじる。
ふわりとひらめいた掛布が、ハインリヒの姿を隠した。
だが、よけ損ねた光がハインリヒの脇腹を貫く。
ちっと舌打ちして、傷を手のひらで押さえた。
「やっぱり偽物か…」
相手に向かって掛布を放りながら、にやりと笑い、右手をまっすぐに構えた。
「さて、早いところあんたを倒して、フランソワーズを探しに行かなきゃならないな……まさか、ゼルの腹心だろうあんたがこんなところにいるとはな」
女の手が薄い掛布を振り払う。
そこには、銃を構えたユリアが身を起こしていた。
45
「ここまでだ」
引き金にかかったゼルの指にゆっくりと力がこもるのがわかる。
フランソワーズの背筋に冷たいものが走った。凍り付いたように動かない手足。
息をするのも忘れたまま、瞳だけを咄嗟にジェットに向けた。
まっすぐにゼルを見据えるジェットの姿は、とても落ち着いていて穏やかだ。
その姿にはっと我に返る。
「……だめっ!!」
凍り付いたままだった手足の力がどきりと高鳴った心臓とともに戻る。そして、渾身の力を振り絞って押し付けられたゼルの体を突き飛ばした。
その一瞬だけゼルの体が揺らぎ、瞬間的に放たれたレーザーがジェットのこめかみをかすめて、その赤い髪を焼いた。
「邪魔をするな!フランソワーズ!」
しっかりと自分を包んでいたゼルの左腕を体をよじって無理矢理引きはがし、転げ出るように抜け出す。
ドレスの長い裾に足を取られそうになりながら、すぐさまゼルとジェットとの間に両手を広げて立ちはだかった。
ゼルの手は、思ったよりもダメージを食らっていたようだ。
これまでならば、到底抜け出すことなどできなかったはずだった。
それなのに今は簡単にではなかったが抜け出すことができた、そのことが何よりもゼルのダメージを物語っていた。
ゼルの目が剣呑に細められる。
「ジェットを殺させなんてしない……」
肩で息をしている彼女の背中に、ジェットはにやりとくちびるを上げた。
「サンキュ、信じてたぜ」
フランソワーズは振り返らず、ゼルから視線を外せないまま小さくうなずいた。
結い上げられた亜麻色の髪がそれにともなってふわりと揺れる。
ーー自分は何をしているのだろう。
こんなところで捕われて、着飾らせられて、自分にできることすらわからなくなっていた。
迎えにきてくれた仲間を守ると、そう決めたはずだったのに。
「……そこを退け」
耳の後ろでジェットと自分とを隔てるバリアの放つ、小さな音が聞こえた。
このままジェットの方へと飛び込めば、死ぬことができるだろうか。
ちらりとそんな考えが脳裏を掠めた。
少しだけ後退りしてみる。黒いドレスの長い裾がじゅっと音を立てた。
「…フランソワーズ、それ以上こっちに下がってくるなよ」
ジェットの声がする。いつもよりも少し固い声。
自分の一瞬の考えを見透かされた気がして、きゅっとくちびるを噛む。
そして、またうなずいた。
「こちらに来い、フランソワーズ」
片手に銃を構えたままのゼルが、左手を差し伸べていた。
ゼルと対峙したものの、丸腰の自分にはこの身を盾にするしか術がない。
こうして、粘って仲間が来るのを待つしかないのだろうか。
せめて、ジェットの拘束だけでも解きたいと思う。
「いや…ジェットを撃たせる訳にはいかないわ」
「何を今さら……」
銃口が彼女とジェットとを正確に狙っていた。
ここを少しでも動いたら…ゼルはジェットを撃つ。彼女はそう確信していた。
視線すら動かすことができないまま、フランソワーズは息を詰めた。
その時だった。
激しい爆発音とともに、彼らのいる建物が大きく揺れる。
足元が揺らぎ、天井が激しくたわんでいた。
「!?」
驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に上を見上げたフランソワーズのウエストをゼルの腕が捕える。
そして、そのままかきさらうようにして自分の方へと引き寄せた。
「きゃあっ!」
小さく声を上げたフランソワーズを腕に包んだまま、ゼルは身を屈めてすぐさま壁際へと移動する。
ぐらぐらと激しく揺れて安定しない床をものともせず、しっかりと立っていた。
「少し早いようだな…」
小さくつぶやいたゼルの目の前に、ぱらぱらと細かな破片が落ちてくる。
砂埃の様な物も降り注いできていた。
それを見上げていたゼルの手が、素早く彼女の頭を自分の胸へと押し付ける。
次の瞬間、とうとう保つことができなくなった天井の中心辺りが驚く間もなく崩れ落ちた。
轟音とともに、大小の天井だった破片が次々に降り掛かり、真っ白い砂埃が煙のように舞い上がる。
「ジェット!」
ゼルの腕の中からなんとか体を動かし仲間の姿を探すフランソワーズの視界が、またゼルの腕によって遮られた。
揺れは大方収まっているものの、まだ瓦礫の崩れる音が大きく響いていた。
落ちた破片が床に突き刺さる振動が次々に伝わってくる。
「ゼルさま!」
飛び込んできた兵士の声に、ゼルが動いた。
「こちらへ!」
フランソワーズを腕に抱いたまま、そちらへと足を向けた。
もうもうと埃が立ちこめて、がらがらと音を立ててまだ破片が落下していた。
「ジェット!」
声を上げた途端、埃を吸い込んで咳き込んだ。
ゼルがちらりと視線をよこす。
黙ったまま足早に進むゼルに引きずられるように移動させれられながら、埃と瓦礫の中にジェットの姿を求める。
先ほどまで彼がつながれていた壁の前の床には、とりわけ大きな破片が突き刺さっていた。
「ジェット!」
自分の『目』を使う。ここなら自分の目も使えるだろう。
俯いたままの赤毛が見えた。
天井の瓦礫に埋まってはいるが、大きな怪我をしているようにも見えなかった。
「ジェット!!!」
もう一度名前を呼ぶ。
頭上で広げてつながれたままの両の手のひらだけが、埋もれた瓦礫の中からかすかに見えていた。
彼女の『目』には見えるよう、その手のひらがひらひらと動いた。
小さく嘆息した。
ゼルの足がぴたりと止まる。
「…ほう、生きていたか」
フランソワーズと同じ方をゼルも見ていた。
ゼルの瞳が冷たく光る。
「なかなかしぶといな……」
「ゼルさま!そちらは危険です。早くこちらへ!」
兵士の声が終わらないうちに、上部でもう一つ大きな爆発音が響き、天井を失った壁が大きく揺れる。
「ああっ」
フランソワーズがジェットのいた辺りに目を向けて、声を上げた。
目の前に、まだ大きな瓦礫が墜落してくる。
ゼルがとっさに彼女の体を腕の中に包みこんだ。
大きな手が彼女の頭を押さえ込む。
「ゼルさま、お早く!」
ゼルは、小さく舌打ちして兵士の誘導に従った。
「002は始末しておけ。…私が直接息の根を止めてやるつもりだったが、仕方があるまい」
二人の背後で、大きく壁が崩れる音が響いていた。
「ジェット!!!」
ゼルに抱きかかえられたまま、振り返る。
素早く辺りに目を走らせる。天井に開いた大きな穴。その向こうにちらりと赤いものが見えた気がした。
ゼルに気取られないようにもう一度、よく見る。
それに答えるようにジェットの手のひらは、先ほどと同じようにひらひらと踊っていた。
別室に押し込められたフランソワーズは、ゼルの腕をすり抜けて扉に向かって身を乗り出した。
だが、すぐにまた絡めとられる。
「どこへも行かせるわけがないだろう」
「……ジェット!!」
「今頃は瓦礫の下か、私の部下が手を下している頃だろう…この手でとどめを刺せなかったことは不本意だがな」
ゼルの手を振り払う。
そして涙をこらえ、ジェットがいた方向へと目を向けた。
だが、なにも見ることはできなかった。
この部屋はシールドされているようだ。……自分が見えないということは…もしかしたらゼルにも見えてはいないのかもしれない。
せめて……。
先ほど天井の上に見えた赤い影……ジェットの安否にゼルの関心を持たせないようにしなくては、と思う。
すこしでも時間を……そうすれば……。
みんなさえ、無事でいてくれれば……。
祈る様な気持ちで、もう一度そちらに目をやった。
「ゼルさま、傷の手当を」
兵士の声で、はじめてゼルのこめかみに血がにじんでいるのに気付いた。
「大丈夫だ。ユリアは」
「まだこちらには……」
よく見れば、黒い衣装も長い髪も白い埃をかぶり、部分的には濃灰色にさえ見えた。
ゼルは体についた埃を手で払う。
「わかった。……予定よりも早いようだな。確認して報告しろ」
「はっ」
「お前は下がっていい」
「ですが…」
「聞こえなかったのか?」
ゼルがちらりと一瞥すると、兵士は一瞬怯えたように姿勢を正し、慌てて退室して行く。
フランソワーズは心の中で焦りを感じ、部屋を後にする兵士の背中を見送った。
「何を見ている?」
「……」
「まあいい…」
ゼルが小さく笑った。こめかみににじんだ血を手で拭う。
「お前は怪我はないようだな」
「……」
フランソワーズは黙ってゼルを見た。
くちびるをきゅっと噛んだ。
「私に傷を付けたお前の罪は重いぞ」
にやりと笑みを浮かべる。
やはり……と思う。
先ほどの崩落で降り注ぐ瓦礫の中、自分はゼルの腕の中に包まれていた。
ゼルの左の手の甲の傷もそうだ。
体中瓦礫の埃にまみれても……。
「……どうして?……どうして…あなたは……」
こらえていた涙が零れ落ちる。
ゼルが彼女の背に腕をまわす。そして、反対の指でその涙を拭った。
フランソワーズはその指を振り払うこともせず、ただじっとゼルを見上げた。
「あなたは……哀しい人なのね」
眉をひそめて彼女の瞳を覗き込む。
「……こんなにも……なのに、こんな方法しかとれないなんて……」
フランソワーズの白く細い指が、彼女の胸の前に下ろされたゼルの長い髪にそっと触れる。
滑らかな黒い髪は彼女の指からさらさらとこぼれた。
こんな風に髪に触れたことは無かった。いつも、この感触が怖かったはずだった。
「私があなたのそばにいると、そう言えば、それであなたは満足だったの?……私は決してあなたの物にはならないのに……」
「黙れ」
「でも…私はここにいることなんてできない。……私のいる場所はここではない。私は00ナンバーサイボーグ。何があろうとも、それは変わらない……あなただって、わかっているでしょう」
「…黙れ、フランソワーズ」
「……なのに、どうして…私なの?……」
かすかな声でたずねる。
「……私はあなたの敵。あなたのやっていること何もかもすべてと、私たちは戦わなければならない。……どうしたって、あなたのことを理解なんてできるわけない……それなのに、どうして私なの」
ゼルは何も言わず、彼女を見つめた。
彼女の背にまわした腕に、彼女の体のかすかな震えが感じられた。
「……お前たちを潰すことは、私たちの方針の一つだ。お前を攫ったのも、その作戦の一つにすぎない」
「作戦?あなたは……。私をどうすることもできたのに、あなたはそうしなかった…」
フランソワーズも視線をはずさない。
こんなにじっとゼルを見つめたのは、初めてかもしれない。
ゼルは眉一つ動かさず、表情を変えることなく、そして探るように彼女を見つめ返した。
「…さあ、なぜだろうな?」
「でも。私は……あなたの気持ちには答えられない…」
「生意気な!お前の心など、どうでもいい。お前はここにいる。それだけが事実だ」
ゼルの腕に力がこもる。
フランソワーズは小さくゆっくりとかぶりを振った。
「仲間が迎えにきてくれた…。私にはそれだけで十分…」
そう言って、一つ息をつく。
ゼルがきつく彼女を見ていた。どんな仕草も瞳の動きも一つ残らず確かめられているようだ。
フランソワーズがそのゼルの視線から逃れるように、ゆっくりと目を伏せる。
「でも、ここまで私を迎えにきてくれた以上、私はみんなとともに帰る。……あの場所に。私のいるところは、あなたの元ではないの」
ゼルは、乱暴に彼女の身体を引き寄せると胸に抱きしめた。
「どうやって?…お前はまだ私の腕の中だ。002は始末するよう命じた。他のお前の仲間も、時間の問題だ。あの男も……それはお前が望んだことだ」
「望んでなんかいない!」
「望んだことだ!お前は、私にそうさせるよう、仕向けたのだから」
「違うわ!」
フランソワーズがまた、まっすぐにゼルを見返した。
一瞬の沈黙。
ゼルは小さく息を吐き出した。
「お前の言葉は、いつも私を苛立たせる……なぜだ!」
フランソワーズはただ首を振った。あふれる涙がゼルの胸を濡らす。
「……」
「私が哀しい…だと?…」
ゼルの髪が、フランソワーズの頬に触れる。
何度も感じた、この滑らかな髪の感触。
「哀しいのは、お前の方だろう?
…愛する男と引き離され、こんなところに閉じ込められて……今、お前の仲間は、お前のために死のうとしている。
だが…私はお前を離しはしない。必ず奴らを仕留めて、ここに留まらせる……。私のものにしてみせる…」
フランソワーズがそっとゼルの胸を押し返す。
「……離すものか…」
かすかなかすれる様な声が耳元で聞こえた。頬がそっと触れ合う。
ゼルがじっと目を閉じていた。
次の瞬間、フランソワーズの柔らかなくちびるが、そっとゼルのくちびるに触れた。
ゼルの瞳が見開かれる。
そして、ゼルの彼女を強く抱きしめていた腕が緩んだ。
フランソワーズはその隙を見逃さずにすかさずゼルの腕から逃れると、くるりと背を向けた。
「……今のは……なんだ」
彼女は答えなかった。
「私に対する哀れみか?」
「……ちがう……」
かすかな声で答える。
「以前と同じ、仲間の命乞いか?それとも時間稼ぎか?……私を侮るな!!」
「……わからない……!!……でも、あなたはこうすることを私に求め続けてきたのでしょう?」
苛立ったゼルが彼女の肩をつかみ、振り向かせた。
「…っ…お願い、もう私を追いつめないで……あなたが、あなたのやり方で私を大切にしてくれている…それだけはわかる……だから…」
両手で顔を覆う。
「でも…!もう……っ……お願い、私を解放して……」
いろいろと考えていたはずだった。
ゼルに大見得を切ったように、仲間たちを信じて待つつもりだった。
それまでゼルに屈すること無く闘うことができると思っていた。
でも……
混乱する一方の頭の中、ぐちゃぐちゃの思考。
自分がどうすればいいのかすらわからない。
自分の言っていることも、行動も、すべてが一貫していないこともわかっていた。
元はと言えば、自分を救い出すために仲間が危険な目にあっているのだ。
それを意識すると、いてもたってもいられなくなる。
もうすぐそこまで、仲間が、ジョーが来ている。
でも……でも……
フランソワーズは、顔を覆ったまま立ち尽くす。
ただ、仲間の無事を祈ることしか出来なかった。
to be continued
※訂正版です。ちょこちょこ変更しました。すみません。大筋はまったく変わっていません。
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ホントのホントに大変間があいてしまいました……。ごめんなさい。
私の力が足りず、どうも勢いや描写が足りないところが多々あると思います。
一言感想など聞かせていただけると、すごく嬉しいです。
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