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        3. ハインリヒ(回想) 
         
        あいつを探して、宮殿のあたりをうろつく。 
        なにをやってるんだ。 
        ここのところずっとタマラの誘いに乗って出かけている。暗黙の了解で、見回りってことにしているが……。 
        彼女の気持ちもわかんねえほど、タマラに酔っているのか? 
        今のあいつはおかしい。いつものあいつではない。 
        しばらく、歩きながら辺りを見回した。ふと、目の端に映った長い髪、 
        いた。やっぱりあのタマラと一緒だった。 
        宮殿の柱の影。 
        彼らは 、二人で歩いていた。 
        「お…」 
        声を掛けようとして、息を飲む。 
        軽そうなタマラの体が、なにかにつまづいたように宙に浮いた。 
        それに慌てたあいつが、両手でしっかりとタマラの体を支える。 
        (バカ!なんだってそれがそのお姫さんのワナだって気がつかねえんだ。わざとつまづいたことぐらい、誰だって予想がつく!) 
        その心配通りに、タマラはあいつの胸に飛び込んだ。 
        そして、驚いた表情のあいつに唇を寄せ、その首に腕を巻付けていく。 
        白い指先が、ジョーの栗色の髪に触れていた。  
        いつしか、あいつも、その体を抱きしめている。 
        自分には、ただ見ていることしかできなかった。  
        彼女が苦しむことは、目に見えているというのに……。 
        分からないわけじゃない。 
        あれだけの女に、ああも積極的に出てこられたら、あいつなどはすぐに流されちまう。 
        あの女のほうが一枚上手だ。特に、こういったことに関しては。 
         
        ずっと幼い頃から捕えられていたというタマラですら、あんなにも積極的に出られるのだから、そういった性質を持った種族なのかもしれない。相手を求める気持ちが、とても大きい。 
        特に今の状況では、種の保存は最大の問題だからな。ふとそう考えていた。 
        だが……あいつじゃなければ、まだよかった。 
        あいつには……。 
        ジョーにはフランソワーズがいる。 
        ずっと待っている彼女がいるんだ。 
        彼女がこの光景をみていないことを、心から祈った。 
         
        やはりジョーも、積極的な王女の想いに酔っているのかもしれない。 
        何よりも一番大切な彼女のことを、放って置けるほどに。 
        それとも………。いや、そればかりは誰にも分からない。 
        明日、あいつがここにとどまると言っても、不思議はないような気もした。 
        ただ、イワンのことやゾアのことも忘れて、ここでタマラと暮らそうというような男ではないが。 
        「やれやれ」 
        小さくつぶやいて一つ息をつくと、仕方なくそこを後にする。 
        これ以上、盗み見るつもりもない。後はあいつの責任だ。 
        ───苛々する。 
        一刻も早く、ここを立ち去りたかった。  
        だが、帰って彼女の寂しげな顔を見るのも、なんだか気詰まりだ。 
        だいたい、どうして自分が二人の間でやきもきしているのかと、馬鹿馬鹿しく思えたりもした。 
        足下に転がった小石を、思い切り蹴飛ばす。 
        (フランソワーズは妹みたいなもんだ。だから……俺は、あいつが泣くのを見たくないんだ) 
        自分でも、言い訳がましいと思う。 
        今度ばかりは、あいつの迂闊さや、甘さが目に余るんだ。 
        それでも……。いくら、俺があいつの態度に苛ついたとしても……。 
        彼女は待っているのだろう。不安に心を痛めながら。 
         
         
        みんなが食事を終えてしばらくした頃、窓の外に、あいつが帰ってくるのが見えた。 
        沈んだ顔。もちろん、彼女にも見えているはずだ。 
        思った通りに小さな音がして、隣のダイニングにあたる部屋に彼女が出ていった。 
        あいつの分の食事の支度をするのだろう。 
        そっとその光景を見た。 
        あいつが入ってくる。 
        彼女は精一杯の笑顔で彼を迎える。 
        それがなんだか痛々しい。 
        一言二言、言葉を交わすと、あいつはもう彼女の顔を見ることができないようだった。 
        やましいと思うだけ、まだ、心は彼女にあるのか? 
        逃げるようにあいつが部屋に入ると、一人残された彼女は、じっとうつむいて何かを考えているようだった。 
        これ以上は見てはいけないと思った。 
        彼女の心に踏み込むような真似は、したくない。 
        なんだって、オレがこんなにヒヤヒヤしながら、あいつらのことを見てるんだ? 
        そっとその場を離れようした時、俺は見てしまった。 
        彼女の目から涙がこぼれ落ちるところを。 
        慌ててそれを拭う。後から後から溢れる涙を彼女は拭うと、テーブルの上の使った皿をかき集めて、キッチンに運んで行く。その後ろ姿が、なんだかいじらしかった。 
        (ちっ……どうして俺は、こんなとこばっかり見ちまうんだ?) 
        おせっかいだ。 
        あいつらのことはあいつらが解決するべきだ。 
        フランソワーズもそう思っているからまだオレたちに何も言わない。 
        心配掛けたくないと、思っているのかもしれない。俺が口を出すようなことじゃない。 
        そう思いながらも重い腰をあげていた。  
         
         
      4. フランソワーズ(呟き) 
         
        (……ジョーは行ってしまう。タマラさんのところへ……。私じゃ、かなわない) 
        一人、ぽつんと夜空を見上げながら考えこんでいた。 
        仲間達はもう、とうに休んでいる。 
        いつまでも 眠れない彼女だけが、無人のコクピットに佇み、空を見上げていた。 
        ───彼を信じていたいと思った。 
        いつか命懸けで自分を助けてくれた彼を、彼の言葉を。 
        だけど……。 
        不安をぬぐい去ることはできなかった。 
        あれほどの、圧倒的な美しさ。洗練された優雅な物腰。威厳すら感じられる気品に満ちた態度。 
        内面からあらわれる輝きは本物だ。 
        自分から見ても、素晴しい女性だと思った。 
        その完璧な女性が、自分のすべてをさらけ出して、彼に心を寄せ、求めている。 
        自分に彼女にかなうところがあるだろうか。 
        女性らしい美しい姿。 
        自分はどうだ? 
        仲間の男たちにまじり、銃を振りかざし、殺し合いを続けている自分は。 
        彼女は軽く頭を振った。何度も同じことを考えてしまう。 
        (だめ。今はこんなことを考えているときではないわ。今ごろイワンが心細くなってるはずなのに。コズモ博士やイワンを取り戻しに地球を離れてきたのに。しっかりしなくちゃ。イワン達を取り戻して、ゾアを倒すことだけ、考えなくちゃ) 
        そう思ってみてもやはり重苦しいため息だけがついて出る。 
        (ジョー……。私のことを大切だと言ってくれた、あなたのことを信じていたい……) 
        もう一つ寂しげなため息をつくと、彼女は一歩を踏み出した。 
        部屋に帰ろう。帰って、休もう。 
        そして明日はいつも通り、笑顔でみんなに会おう。 
        早くこんな不安な気持ちを忘れてしまいたかった。 
         
         
        5. 二人 
         
        ハインリヒが見張りを終えて部屋に戻ろうと通りかかると、丁度、イシュメールの奥からジョーが出てくるところだった。 
        (ジョー?こんな時間に?) 
        見張り番は、今、ハインリヒがジェットと交替してきたばかりだ。彼の順番にはまだ時間がある。 
        ジョーはしっかりとした足取りで外に出て、手足を伸ばした。 
        小高いこの場所は、ファンタリオン星の復興してきた街が望める。 
        まだまだ『街』と呼ぶには、ささやかなものだったが、それでも人が住んでいるという、確かな実感があった。 ぽつぽつと、いくつかの灯りが見えた。 
        丘に佇み、じっとその街並みを見つめていた。 
        「……ジョー、眠れないのか?」 
        声をかけてみる。 
        「……ハインリヒ、そうか交替の時間だったね」 
        「だいぶ町らしくなってきたな。最初に見たときはただの廃虚にしか見えなかったが……」 
        「そうだな。やっぱり人が住んでいるとそれだけで活気づくね」 
        彼が嬉しそうに、町を見た。 
        「………で、お前はどうするんだ?」 
        一瞬息をのんで、彼はハインリヒから目をそらした。 
        「お前の気持ちはどうなんだ?……フランソワーズは、真剣にお前のことを想っている。だから余計に悩んでいるんだ。お前にふさわしいのは、タマラかもしれないってな」 
        「……タマラに対する気持ちは、フランソワーズに対する気持ちとはまったく違う」 
        「でも……、ぐらついちまったって顔だな。まああれだけの女だ。おまえの気持ちも分かるよ。それに、あんな儚げなお姫さまだ」 
        足元にあった石を拾いあげ、手の中で弄ぶ。 
        「守ってやらなきゃなんねえ女と一緒に戦える女。……あまりにもタイプが違いすぎるしな」 
        にやりと、ハインリヒが笑う。 
        「だがおまえの態度次第じゃ、二人とも傷つけるんだぜ。……いや、すでに……」 
        手にした石を投げる。 
        ひゅいっと音がして、遠くの暗い空の中に溶け込んでいった。 
        「まったく……。どうしていい女は、みんなお前に寄っていくのか」 
        笑いを含んだ声で言った。 
        「ま、お前にはお前の悩みがあるだろう。俺に言えるのはその位さ。ちょうど、彼女が落ち込んでるところに、何回もいきあっちまったんでね。……昨日は……、つい頭にきてキツくいっちまったけどな」 
        ハインリヒは、石の溶け込んだ辺りの闇を見つめたまま、言った。 
        ジョーは、何も言うことができず、ただ足の下に広がる街を見つめていた。 
        「じゃあ、俺は一眠りするとするか」 
        「ハインリヒ……」 
        ジョーが、不意に顔をあげた。  
        「ん?」 
        「ありがとう」 
        大丈夫だと、ハインリヒは思った。 
        ジョーに背中を向けて、一つ手を振る。 
        彼はその背を見送りながら、深く息をついた。  
       
         
        
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