いつからだろう。
君の名前が、僕の中で、暖かい響きに変わったのは……。
そして、君が呼ぶ僕の名前も……。
こんな風に眠りにつく直前に、今日一日の君の姿を思い出すようになったのは、一体いつからのことだろう。
僕は、天井を見上げて、ゆっくり目を閉じる。
暖かな闇の中に、すぐに明るい君の笑顔が現れた。
うん、今日の君はたくさん笑ってた。
ある時は笑って、ある時は怒って、ある時は泣いて、僕の中に現れる君。
君が泣いていた日の夜は、胸が痛い。
透明な一粒が長い睫を濡らして、静かに落ちる。
それがどんな涙でも、僕は心を揺さぶられた。
暖かな僕らの家で、君が踊る舞台で、……なにもなくなった戦場で。
僕の心を、君の涙が増幅してくれる。
僕は君を通して、僕の本当の心を見ることができていたんだと、そう思う。
僕にとって、まだ君の名前が君を表す記号だった頃、君はいつも哀しい顔をしていたね。
生きるための戦いを繰り返していた、あの頃。
余裕がなくて、苦しくて……。
いつ、死んでもおかしくない。そんな時。
僕にとって、君や仲間は、まだよく知らない人達だった。
だから、「003」というナンバーも、「フランソワーズ」という君の名前も、同じように感じてた。
ただ、それは君という存在を表すためだけの、音のつながりでしかなかった。
僕の名前は「009」なんて番号じゃないって、心の奥でずっとそう思っていたのに。
君やみんなも、きっと同じ気持ちだったはずなのに、そんな簡単なことに気づくこともできず、それがきっと君を傷つけていたことにも気づくことができず、僕は君を「003」という記号で呼び続けていた。
そして、君も、僕のことを「009」と。
……でも、僕はそのおかげで強くなれた。
君が、みんながそう呼ぶように、僕は「009」だ。島村ジョーじゃない。
島村ジョーに戻るために、僕は「009」として戦っていた。
島村ジョーにはできなかった方法で。
「009」になることで、僕は僕を守っていた。
そして、多分君も同じだったのだと、今はそう思う。
みんなの前では、きちんと君の役割を果たしていたけれど、その後で必ず涙を浮かべて、じっとなにかを堪えていた。
ごめん。ぼくは見ていたんだ。
けれど、何もできなかった。
どうしていいのか、分からなかったんだ。
でも、いつからだろう?
僕が君のことを「フランソワーズ」と呼ぶようになったのは。
そして、それが特別な響きになったのは。
まるで僕を幸せにしてくれる魔法の言葉のように、唇に乗せるだけで、ふんわりとした暖かさを僕の胸に残してくれた。
僕がそう呼ぶと、君が優しい笑顔を返してくれる。
それは、やっぱり魔法なのかもしれない。
君が「ジョー」と、僕の名前を呼ぶ。
たったそれだけのことが、本当にうれしいんだ。
君も僕と同じ気持ちだったら───そう思って自分で笑う。
今日の君は……。
そう思い出さなくても、今、君は僕のそばにいてくれる。
眠りにつく直前の、ほんの少し寂しいとき、君は僕の隣で、君の暖かさを分けてくれる。
そっと触れる吐息も、僕の頬をくすぐる柔らかな亜麻色の髪も。
僕は君と一緒に戦い、君を守ることで、「009」ではなく、島村ジョーであることができたと思う。
完全に「009」になってしまっていたら、僕はどうなっていただろう?
君が僕の名前を呼んで、必ず呼び戻してくれる。
たとえ、「009」と呼ばれても、僕はもう分かっている。
それは僕だけの響きだと。
記号ではなく、僕の名前で、僕の一部。
だから僕も君の名前を呼ぶ。
僕の隣で、君が小さく寝返りを打った。
ふわりと甘い香りがして、僕は急に眠気に誘われる。
ゆっくりと目を閉じて思う。
明日の君は、どんな姿かな。
明日も僕が君の姿を思い出さないで、こうして君のぬくもりを感じていられたらいいのに。
もしも、それがかなわないのなら、どうかたくさん笑っていて。
それだけが、僕の願い。
The End
*この話は、N.B.G.に投稿させていただきましたものを、
改めて、こちらにも載せさせていただきました。
読んでいただいた皆様、ご感想をくださった皆様、本当にありがとうございます〜。
そして公園のお当番の皆様方、いつもお世話になっております〜。