9. フランソワーズ
ハインリヒと別れた後、フランソワーズは彼を探した。
今なら素直に、いろいろなことがきけそうな気がする。
自分が一人ではないと、仲間に教えてもらった今なら。
はやる心を抑えながらしばらく辺りを歩き、ようやく宮殿跡で彼を見つけた。
柱の影にちらりと見えた、栗色の髪。黄色の長いマフラー。
小走りに彼の元へ向かう。
たとえ、彼がタマラを選んだとしても祝福できると思った。
自分が望むのは彼の……、不幸な生い立ちの彼の幸せなのだから。
それに自分が役に立てたら、申し分なかったのだけれど。
「ジョー……?」
声をかけて、石段を一段二段、上る。
「フ、フランソワーズ」
ジョーが廃虚の陰から姿を現わした。
その彼に微笑みを返そうとした時に目に入ったのは、その横によりそうように現われたタマラだった。気品と自信に満ちあふれた強い瞳で彼の肩ごしに彼女を見ていた。
「あ……」
その場に一瞬凍り付く。
石段を上ることも降りることもできなかった。
彼等の姿は、ファンタリオン星の玉座にある若き王と女王そのものだった。
彼の幸せを一番に考えようと思っていても、目の当たりにしてしまうと動揺は隠しきれない。
一度は高揚した心が、その分だけさらに沈んだ。きゅっと唇をかむ。
(やっぱり……)
彼は、この星の王になることを決意したのだろうか。それとも……
ジョーはフランソワーズに視線を走らせた後、タマラの方に向きあった。
タマラが、彼に向かっておっとりと微笑んでいるのが分かった。
フランソワーズはうつむいたまま目を閉じる。
覚悟を決めようと思った。
彼が口を開く。
「タマラ……。僕にも、ここにとどまってこの星の復興に協力したい気持ちは十分にある」
タマラが顔を上げた。
期待と不安がいりまじったまなざしで、じっと彼を見つめていた。
「だが僕たちにはゾアを倒し、宇宙に平和を取り戻すという使命があるんだ。だから……」
彼はゆっくりと、だがはっきりと言った。
「ここに残ることは、できない。……すまない……」
頭を下げるジョーに、タマラはしばらくじっと黙り込んで、その後小さく息をついた。
その場に張りつめていた空気が、徐々に解けていく。
「いいえ……。わかっていました」
タマラは表情を崩さず、微笑みさえ浮かべて彼を見た。
「あなた方にお会いすることができて、私は幸せでした」
そしてフランソワーズをじっと見つめた。
そのタマラの頬に、一筋の涙が伝った。
「……ありがとう」
そっと面を伏せるタマラの足下では、ピララが心配そうに歩き回っている。
ジョーはそっとタマラから目をそらす。これ以上、この王女を見ていることはできなかった。
フランソワーズは、信じられないといった表情で二人を見ていた。
彼が自分たちを選んだということは、タマラとの別離の意味があるのだ。この美しい王女と。
タマラの俯き加減の美しい横顔も、彼女には苦しみの材料だった。
彼の心に、深く深く刻まれた最高の女性。
まだ、信じられなかった。
タマラをここへ置いて行ってしまうことを。
すべてが終わったらここへくるかもしれない。この美しい王女に会いに。
タマラは自分とは違って、戦いに向いていないのは一目瞭然だ。
まだ、彼の真意が読み取れなかった。
それでも自分たちを選んでくれたことはうれしい。これからもずっと一緒にいられる。でも……。
その時だ。遠い空にいやな爆音を聞いた。
「ジョー!!」
10. ふたり
「意地悪な質問をしてもいい?」
すべてが終わって、しばらくしてからフランソワーズが小さく聞いた。
二人きりのバルコニー。
空には、 いくつもの星がきらめいている。
「なに?」
ジョーは微笑みを浮かべて彼女に向き会う。
彼女のその瞳は真剣で、彼もしっかりと彼女を見つめた。
「……ジョーは怒るかもしれない」
「怒ったりしないよ」
「………」
彼女はじっと何かを考えているふうだったが、決心して口を開く。
「……タマラさんがもし、生きていたら……すべてが終わった後にファンタリオン星に戻ろうとは……思わなかった?」
「フランソワーズ……」
「ごめんなさい……いいの、聞かなかったことにして」
目を伏せて後ろを向く。
ジョーは、そんなフランソワーズを後ろからのぞき込むようにして言った。
「フランソワーズ。僕の方こそ、すまない。君を不安にさせてしまって……。タマラの儚げな様子に、僕の心は揺さぶられた……。でも……」
いつの間にか、彼女が顔を上げて彼を見ていた。
「違うの!あなたを責めようと思ってるわけじゃないの。あんなに素晴しい完璧な人だったから……私、かなわないって……そう思っていて。……あの時もあなたはファンタリオン星の王になるっていうんじゃないかって、本当にそう思って……」
聞き取れないほど小さな声でそう言う。
「タマラに対する気持ちと、君に対する気持ちは全然違うものだったんだ。ごめん」
彼は静かに言った。その両手を彼女の肩に添える。
「……タマラは守ってあげなければ、壊れてしまいそうな人だった。儚くてて寂しげな、孤独な王女だった。僕が守らなくてはという気持ちにさせられる人だった。フランソワーズは……」
彼女が、振り返って彼と向き合う。
「いつも僕に安らぎをくれる人だ。戦いに明け暮れる僕らに、君自身も仲間なのに安らぎと休息を感じさせてくれる。一緒に戦える。僕にとっては、なくてはならない人。……僕はタマラの儚さに心が揺れた。タマラの寂しい気持ちが、僕にはよくわかったから……。でも……フランソワーズと離れてファンタリオン星に残りたいとは、思えなかった」
ジョーは、まっすぐに自分を見つめるフランソワーズの視線から、逃れるように目をそらす。少しだけ、頬が染まっていた。
「僕は欲張りだ。ズルい。君には僕のために側にいて欲しくて、タマラは支えてあげたいと思った。……ごめん」
「あやまらないで。……その言葉だけで、私……。あなたが必要としてくれるだけでうれしいの」
彼女は、彼の胸に飛び込んだ。
一瞬驚いたような彼の両腕が、そっとその背中に添えられる。
「いつか……、タマラさんとあなたがこうして抱き合っていたのを見てしまったの。その時から、私……あなたを信じ切れなくて、ごめんなさい。疑うつもりはなかった。信じていたかったの。でも、それ以上にタマラさんが美しくて気高い王女様で、私は……戦いの道具のサイボーグ。絶対にかなわないと思ってた。すべてをあなたにぶつけるタマラさんが羨ましかったの。だからタマラさんの誘いを断って、私たちとゾアを倒すと聞いたとき、信じられなかった」
彼が、力強く細い肩を抱き締めた。
「フランソワーズ、君は、僕も君と同じサイボーグだってこと、忘れてる」
「……ジョー……」
彼の鼓動を聞くかのように、彼の胸にしっかりと頭を預ける。
「フランソワーズ」
「私ね……。ハインリヒにとても励ましてもらったの。ジョーは生きて、私の目の前にいるんだから、本当の気持ちを聞く前にあきらめちゃだめだって……、そう言ってくれたの」
「僕もだよ。ハインリヒに怒られた。彼に……感謝しなくちゃ」
「ハインリヒはまだ……亡くした恋人を想っているのね……」
「…そうだね………」
彼は曖昧に答える。
それだけだろうか……?
「……タマラさんも、私と同じ気持ちだった……。あなたのことを、本当に……だから……」
そこで言葉を切る。
「……僕が、一番悪かったんだよ」
腕の中で、彼女が首を振った。
「タマラさんは、幸せだったって言ってくれたわ。あの言葉は、本当だったと思うの……。ずっと囚われていて…ほんの少しの輝けるときを過ごして行ってしまったけれど」
言葉を切る。
「……囚われてるのは苦しい。何一つ、自分の思い通りにならなくて、仲間に負担をかけているのがよく分かって……とても辛い……」
「フランソワーズ……」
「だから……少しはタマラさんの気持ちが分かる気がするの。やっと自分を救い出してくれた、それもとても大切な人に別れをつげられるのは……怖い。……だから…私も怖かったの…。あなたがいなくなってしまう気がして」
最後の一言はかすかなつぶやきで、後はもう聞き取れなかった。
二人はそうしたまま、遠い宇宙に思いをはせる。
あの星は、あちらの方角だっただろうか……。
もしかしたら、今もピララ共にあの星に生きているのかもしれない。
自分たちが、ここに帰ってきたように。
きっと、彼はタマラのことも願ったはず。
心のどこかで、あの美しい女王のことを。
そうであったらいいと思う。
そんな彼のことを、好きになったのだから……。
フランソワーズは、そっと目を伏せた。
空の星が、美しく輝いていた。
The
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