「あれ?これ……」 明るく柔らかな日差しのさす彼女の部屋の白い壁には、見た覚えのない一枚の写真がピンで留めてあった。 「こんな写真、あったかな」 写真の中に写っているのは、彼女と自分。 ───この冬、みんなで出かけた雪山。 ロッジに泊まって、一緒にスキーをして、久しぶりにみんなで笑った旅行だった。 夜、スキーに出かける時に撮ったものだろう。 誰が撮ったんだっけ。 そう、頭を巡らせて思い出す。 そういえば、ピュンマがカメラを持っていたっけ。 南の育ちのピュンマは、こんな風にゆっくりと見る雪が珍しいと言って、いろいろな風景をカメラに収めていた。 きっとその時のものだ。 でも……。 ピュンマが撮った旅行の写真はこの前みんなで一緒に見たけれど、この写真はその中にはなかったよな。 そう思いながらじっと写真を見つめていたとき、かちゃりと音がしてドアが開いた。 「ジョー。紅茶でよかった?」 トレイに二人分のカップと、ポットを乗せて、彼女が部屋に戻ってきた。 「ありがとう」 写真の前に立ったまま、ジョーが微笑みを返す。 「あっ!」 フランソワーズの頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。 「……見た?」 「え?なにを?この写真?」 彼女は、赤くなったままトレイをテーブルに置いた。 「この前の旅行の写真だよね?」 「……ええ、そうよ」 「どうして恥ずかしがるの?ピュンマが撮ってくれた写真だろ?でも、この前見せてもらった中にはなかったよね」 彼女は俯いたまま、ちらりと瞳だけをこちらに向けた。 「……あんまり一緒に写ってる写真、ないんだもの。……ジョーと二人で写ってる写真なんて、もっと」 一瞬、僕は言葉を失った。 そういえば、僕の手元にあるのも、フランソワーズ一人だけが写ってる写真だ。 一緒に撮ったことは、あんまりなかったかもしれない。 そう気づいて、もう一度しっかりと壁の写真を見つめ直した。 「それで、ここにはってあるの?」 思わず、口元がゆるむ。 「もう!笑わないで。みんなに見られるのもなんだか恥ずかしかったから、ピュンマに頼んで先にこっそりもらったのに」 フランソワーズが、また視線を逸らした。 拗ねたような、その態度がなんだかかわいらしい。 「この冬の、一番の思い出だったの。季節が変わっても、いつでもあのときの気持ちを思い出せるようにって」 フランソワーズの言葉が、あのときの一面の銀世界へと誘う。 あの夜、空には細い三日月しかあがっていなかったけれど、雪明かりのおかげかなんだか明るくて、そしてしんとした静寂に包まれていた。 先に行ったはずの仲間たちの姿も見えなくて、僕たちが雪を踏む音以外、何の音も聞こえない。 まるで、この世の中に僕たち二人きりしかいないような気がした。 あの澄んだ空気、今でもはっきりと思い出せる。 二人で並んで歩いた雪の上には、僕らの足跡が並んで残っていた。 「ねえ、フランソワーズ」 「え?」 まだ、ほんのりと頬を桜色に染めた彼女が、顔を上げた。 「この写真、僕にも一枚くれないかな」 僕の部屋の白い壁にも、この写真をピンで留よう。 同じ気持ちを感じあえるように。 そして、これからも同じ記憶を残していく、そのために。 まずはこの冬の思い出を、一緒に楽しみたい。 「…ええ、もちろん。あなたには渡したいと思っていたの」 彼女が微笑んだ。 開け放した窓から、気持ちのいい風が抜けていく。 シャーベットオレンジのカーテンをふわりと揺らして、新しい緑の香りを残していった。 そこから差し込む暖かな日差しは、季節が変わったことをしっかりと感じさせた。 さあ、春は、彼女とどこに行こうかな───ジョーは、そう考えて、小さく笑った。
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