「……もう、ここにいたのね。探しちゃったわ」
彼女が窓を開けて、ベランダにいる彼を睨んだ。
「せっかく日本風のお正月にしましょうって、いろいろ作ったんだから」
彼が振り返って、自分の唇に指を当てた。
彼女が口を閉じてあたりを伺う。
どこか遠くで、低く響く音。
「……これは、なんの音?」
思わず声を潜めて彼を見上げた。
「除夜の鐘。108つの煩悩を取り払ってくれるんだって」
彼女の肩越しに窓を閉めた。
じっと目を閉じて、その荘厳な音に耳を傾ける彼女。
「あっちのお寺でついてるんだね」
天には降るほどの星と、細い三日月。
冷たい澄んだ空気にその輝きを増していた。
彼女はそっと目を開けて、その空を見上げる。
隣で彼も同じように空を見上げていた。
「綺麗……ジョーはこの星を見ていたの?冬の星座を知ってる?」
唇から漏れる息が白い。
「寒くない?」
彼がそっと彼女の肩を抱き寄せた。
「……平気」
少し身をかがめて、彼女の瞳をのぞき込む。
「今年も一年、いろんなことがあったけど……君と一緒にいられてよかった」
「…ジョー…」
「ブラックゴーストからみんなで逃げ出したとき……20世紀の終わりにこうしていられるなんて、これっぽっちも思っていなかった。……いや、その前も……。君に出会ってなかったら今の僕はいなかったね」
彼は小さく笑った。
「……ありがとう。フランソワーズ」
彼女が何か言うより早く、彼はその唇を重ねた。
冬の冷たい風の中でもその唇はほの暖かかった。
彼女は彼の体を優しく抱きしめる。
その時、遠くの空に大輪の光の花が咲いた。
次々と打ち上げられ、開いていく花火。
二人はひたい同士をくっつけたまま、唇だけ離して微笑みあった。
「……12時だね。あけましておめでとう」
「今年も、よろしくね」
「違うよ。21世紀も一緒にいよう……だよ」
彼女が少し体を伸ばして彼の唇に触れた。
「……21世紀も幸せでいられますように」
彼女の頬がほんのり桜色に染まっていた。
二人の息があたりに白く流れる。
それがまたなぜだか嬉しくて、笑いあった。
ふいに彼女が顔を上げる。
「あ、いけない!」
「どうしたの?」
「私、あなたを捜しにきたんだったわ!大変、きっと博士たちが待ちくたびれてる」
彼女が窓を開ける。
「大丈夫だよ。きっと」
「だって、年越しのお蕎麦よ?のびちゃうわ」
彼の腕をとって中に誘う。
「ほら、ジョーも早く!せっかくおいしくできたんだから!」
「もう年越しじゃなくなっちゃったね」
「もう!」
窓がぴたりと閉められた。
天には降るほどの星と、細い三日月。
いくつもの花火が、その中で輝いていた。


The end
::::: short :::::